注意事項
GADHA理論は新たに、こちらの「理論ページ」に整理されています。最新情報はこちらを参照ください。
はじめに
GADHAはこれから「加害者が変容するにはどうしたらよいのか」を提示する10のステップを示していきます。
人間とはなにか、幸福とはなにか。愛すること、配慮すること、ケアするとはどういうことか。暴力とは、加害とは、責任とは何か。
今後、何度も書き直していくことになると思いますが、ひとまず理論全体のラフスケッチを始めていきます。
今回は、「加害者が責任を引き受けるとはどういうことか」を話していきます。
本記事が応じる問い
責任とはどんなものでしょうか?
加害者は責任を引き受けなければならないのでしょうか?
そうだとしてどんなふうに責任を引き受ければ良いのでしょうか?
多くの加害者は、そもそも自分の加害を認めることができません。あるいは認めたとしても「じゃあ、結局どうしたらいいの?」がわからないものです。
あるいは、それがわからないからこそ、加害を認めるのも怖いのかもしれません。認めたら最後、なにかとんでもない義務が生じると不安なのかもしれません。
本記事では、上記の責任に関する問いに応えることを通じて、加害者が「では、どうすればよいのか?」という混乱に陥らずに、変容に向かえることを目指します。
責任とはどんなものか
- 理解責任
- 修復責任
- 説明責任
- 再発防止責任
結論から述べると、この4つが加害者の持つ責任になります。これは単にDVやモラハラといった現象に限定されるものではなく、例えば医療事故、あるいは会社の不祥事のようなさまざまな場面に適用可能なものです。
それぞれ述べていきます。
1.理解責任
1.1.概要
これは、加害者の作為(やったこと)あるいは不作為(やらなかったこと)の結果や、影響を理解する責任です。
DVやモラハラ、あるいは会社のパワハラのケースではどういう意味になるでしょうか。それはとりもなおさず「被害者が受けた影響」の理解です。
その人が近くにいるだけで動悸がとまらない、記憶のフラッシュバックで日常生活が営めなくなる、不安や恐怖で眠れなくなってしまうといった症状や、
人を信頼できなくなる、人を恐れて自分の意見を述べることができなくなる、被害にまひして自分の痛みにも気づけなくなるといった問題や、
鬱やパニック障害、PTSD、適応障害といった病名のつくような被害や影響の理解です。
そこに明確な被害があり、その被害を生み出したのは自分であること。その被害が、その人の人生に長く影響し続けることを理解する責任を加害者は持っています。
この理解責任なくして、他の責任はどれも絶対に果たすことができません。自分の加害を認め、その被害と重大さを認める。これが全ての前提になります。
「あなたがやったこと、どれだけのことかわかってるの!?」という怒りや絶望を伴う被害者の問いに向き合わなければなりません。
1.2.実践
被害を理解するためにはどうしたらよいでしょうか。A.形式知、B.生の声、C.被害者の声という3つの方法が想定されます。
A.形式知
DVやモラハラ、カサンドラ、あるいは適応障害、鬱、PTSD、パニック障害といった、被害者が受けた傷や苦しみを説明するであろう
書籍、カウンセリング、セミナー、映画など
よくまとまった内容の知識を獲得することが可能です。「DV 被害」と検索すればいくらでも出てきます。
お金がない? 本は図書館なら無料で借りられます。
時間がない? 加害に使っていた時間を充てましょう。
形式知の獲得ができない理由は存在しないと考えます。
「わかろうとすること」がとにかく重要です。もっというと「自分は何も分かっていない」ことを認めてください。あなたは人間にとって大事なことがわかってないから加害をしているんです。
B.生の声
加害者である僕自身が、とにかく参考にさせてもらっているのがtwitterです。
そこでは現在進行形で苦しんでいる人や、被害から抜け出した人が、(ほとんどの場合)匿名で呟いています。
加害者には直接言えない、怒りや悲しみ、絶望といった感情はもちろん、その原因となっていること、すなわち「何が加害行為になるのか」に気づくヒントがあります。
僕のtwitterのLikesなどを見て、気になるハッシュタグなどを追いかけて見ることをお勧めします。
C.被害者の声
最後が、被害者本人に話を聞かせてもらうことです。しかし、これは最も有効な可能性がありながら、同時に最も危険なことでもあります。2つの側面があります。
1つは、本人に話をしてもらうためには、その被害経験を話してもらうことになります。それは、少なくない人にとって「思い出したくもないこと」であり、話したくない可能性があります。
それを「変わるために必要だから話してくれ」「協力してくれないなら変われないのも仕方ない」などと、新たな加害の危険があるのです。
ここまで読んだ方はお分かりだと思いますが、これは「相手のニーズ」ではなく「自分のニーズ」に基づいた行動であることを認識してください。
「あなたがしたいこと」ではなく「相手が望むことをし、相手が望まないことをしない」ことに全力を注いでください。
もう1つの危険は、あなたが怒り出すことや不機嫌になることで、更なる加害が生まれる危険です。わかっていても自分の加害を指摘されるのは苦しく、辛いことです。
「あのときはお前がああいうことをしたから(おれが加害したのは当然だ/免責される)」といった反論をしかねません。これは最悪の加害です。
被害者からすればどれだけの勇気を振り絞って、自分の嫌だったことを伝えているか。思い出すことも嫌なのに、それを話したらまた加害されるなんてこと、絶対にあってはいけません。
あなたはABの手段を使って十分に自分の加害性を自覚し、傷つき葛藤した上で、本人から聞いても逆上したり「傷ついて罪悪感を煽ったり」しないと言える状態で、Cに取り組んでください。
以上が、理解責任の概要と、それを引き受けるための具体的な実践です。
2.修復責任
2.1.概要
被害者の被った苦しみを十分に理解して初めて、この修復責任を果たすことができます。
修復するとはどういうことでしょうか。例えば人のものを壊せば弁償しなければなりません。人を怪我させたら治療費などを払わなければなりません。
でも、仮に弁償しても、治療費を払って治ったとしても「手元になかった時間」「傷ついてしまったこと」「思い出して辛い気持ちになること」などは絶対に修復できない被害です。
加害とは、取り返しのつかないことです。決して返すことのできないものを奪う行為です。
あなたは一生許されないかもしれないことを認める必要があります。「謝ったんだから許せよ」「いつまで怒ってるんだ」などと口にしたり思ったりするときには、
あなたが「理解」「修復」責任をまったく引き受けられていないということがわかります。
謝罪も非常に重要でしょう。謝罪の形式は後でも述べますが、以下のような内容を含む必要があります。
- 被害の理解
- 修復の意思と謝罪
- 加害が生じた考え方の説明
- その考え方と加害行動を修正する今後の対策
修復責任とは、被害者が持つニーズに応える責任です。あなたが持たせた、本来必要のなかった、苦痛を伴うニーズに応える責任です。
それには「もう二度と関わらないでほしい」というニーズも含みます。
謝りたい、許して欲しい、なにかできることはないか、自分の加害がわかったから伝えたい、自分が変わったところを見せたい。
これらはすべて「あなたのニーズ」です。
「もう二度と関わらないでほしい」とまで言わせたにも関わらず、その最後のニーズにも応えず「あなたのニーズ」しか考えないのは、あまりにも酷い加害であり、被害を強化しています。
ここに書かれる全ての責任を1つも果たさない、非常に加害的な行為と言えるでしょう。
全ての罪が償えるわけではありません。この罪の重さを引き受けることこそが、つまり自分の加害的な言動の影響・結果を認めることこそが、加害者の持つ責任です。
「もう二度と関わらないでほしい」以外にもさまざまなニーズがありえます。例えば通院しているならその治療費の負担はもちろん、心からの謝罪が必要です。
場合によっては、巻き込んでしまった友人や家族がいるのではないでしょうか。そういった方々にも、自分の加害を説明し、生じた被害について修復するためのことをしましょう。
「自分のやったことをちゃんと反省してほしい」「変わってほしい」などのニーズも考えられます。これらは、まさに本記事にある「責任を果たすこと」と一致しています。
2.2.実践
被害の種類によって、その修復の仕方はさまざまです。しかし、一番わかりやすいケースは金銭的な被害に対する修復でしょう。
これは目に見えてわかりやすいからであり、これだけで十分となるケースはありえないでしょう。
医療費やカウンセリング費用、そのための交通費、仕事を辞めざるを得なかったのであればこれも金額にすれば相当なものになります(払えないほどの額である可能性も十分あります)。
「その人が被害を受けなければ得られていた喜び」をも奪っているのですから、マイナスをゼロにするだけでは修復としてはなお不十分です。
プラスの上限は不明ですが、とにかく「お金を払えば/壊したものを弁償すればいいんだろ?」とはならないことは事実です。
全てを修復することはできないという前提で「できる限りのことを尽くす」というのが、修復責任の実態であると言えるでしょう。
本記事に書かれた他の責任の「実践」は、あなたが修復責任を引き受ける上で大きなヒントになります。
3.説明責任
3.1.概要
これは「なぜ自分がこんな目に遭わなければならなかったのか?」という被害者の問いに向き合う責任です。
何度も繰り返しますが「加害をされてもしかたない」被害者はいません。
なぜならば、たとえ嫌なことをされたとしても、「加害してよい状況」は存在しないからです。
直してほしいことがあっても、怒りを感じる時があっても、加害者は、「加害」以外の方法で対応することができるのに、加害することを自ら選んだのです。
「加害以外の方法を知らなかった」は理由になりません。被害者はあなたの親ではないし、そうだとしても、もはや大人になったあなたはそれ以外の方法を学ぶ責任(後述する再発防止責任)を持っています。
ですから、「なぜ自分がこんな目に遭わなければならなかったのか?」という問いには、決して「お前にもこういう落ち度/問題/加害があったから」とはなりません。
それはまさに、自分の加害を説明する責任の放棄に他なりません。説明責任とは「自分がどのような加害的な思考を持っていたのかを説明する責任」です。
- 自分の加害的な言動を認め
- その背景にある加害的な考え方を明らかにし
- それを自覚したことを明示する(ただし相手が望まない場合はその限りではない)
これらを説明責任と呼びます。これなしでは、続く再発防止責任を果たすことは決してできません。メカニズムがわからずに再発を防ぐのが不可能だからです。
それでは、この説明責任を果たすにはどうしたらよいでしょうか。
3.2.実践
第一には「一体何が被害なのか」を深く理解する必要があります。なぜなら、加害とは「加害された」とされる主体が訴えた時に初めて成立する考えだからです。
逆にいうと「被害のない加害」「被害者のいない加害者」はありえません。そうであれば、自分の加害的な言動を認めるには被害を認める他ありません。
それこそが、4つの責任の1つ目である「理解責任」を引き受けるということです。まずは徹底的に被害を理解しましょう。自分と関わることで苦しんでいる人たちが現に感じる苦しみを直視しましょう。
それがあってようやく、その被害を生み出していた自分の作為・不作為が「加害だ」と言えるようになるでしょう。被害を生んだのだから、それは加害なのです。
問題はここからです。問題は「一体なぜ、自分は加害的な振る舞いをしてしまうのか」を理解する必要があります。これには大きく2つの意味の「問題」があります。
1つは、「X.自分が加害的な振る舞いをしてしまうメカニズムはどうなっているのか」です。
もう1つが「Y.なぜ自分はそのようなメカニズムを持ってしまっているのか」です。
ここで明らかに重要なのはXです。Yはわかったところで、改善に繋がるとは限りません。
Yの例としては
- 自分はASDだから人の気持ちが分からないのは仕方ない
- 自分も虐待を受けていたからそれを繰り返してしまう(自分も被害者である)
などがよく聞く例です(僕自身も当てはまるので、そう思ってしまうのはよくわかります)。しかし、「だからなんだ」というのが正直なところです。
どんな理由があろうとも「X.自分が加害的な振る舞いをしてしまうメカニズムはどうなっているのか」を知り、そのメカニズムに介入しない限り加害をやめることはできません。
加害がやめられないなら、やめようともしないなら、加害の責任を引き受ける気がないならば、あなたは人とくつろいだ関係、幸福な関係を築くことはできません。
ASDも、虐待経験も、それ自体は加害ではありません。あなたは「解釈を独占し、強要をしている」から加害者なのです。
「X.自分が加害的な振る舞いをしてしまうメカニズム」は、「加害者が変容するにはどうしたらよいのか」を提示する10のステップを読み進めることで理解することができます。
ここでは加害者の4つの責任を述べることが目的なので、詳述は避けます。簡潔にだけ述べると、あなたの加害のメカニズムは以下の2つによって成り立ちます。
- 所有意識
- 特権意識
あなたは、他者を自分の思い通りに感じ考え行動するものと考え(所有意識)、そうしない間違った/生意気な人間には「しつけてよい」と考え、罰を与えています。
これは、あなたが自分を絶対的に正しいと考え(特権意識)、世の中の複雑さや、曖昧さが理解できないため、それぞれの人の見えている世界を尊重「できない」人間観が原因です。
この「加害を生み出すメカニズム」を知るには、以下のような外部の権威ある活動もあります。GADHAにこだわる必要は全くないので、ぜひ多くの外部支援組織や活動をチェックしてみてください。
NPO法人女性 ・ 人権支援センター ステップ
こちらの記事に詳細がわかりやすく記載されていますので、ぜひご覧ください。
特定非営利活動法人RRP研究会
「暴力をやめたいと思っている方々を応援します」を中心的なメッセージとして持つ場です。DV教育プログラム-男性編-を準備していらっしゃいます。
4.再発防止責任
4.1.概要
自分の加害が生まれるメカニズムを説明できるようになったとき、再発防止に取り組む準備が整ったと言えます。
結局説明責任だけを果たしても、それは責任を引き受けたとはいえません。説明だけで終われば、それはつまり「おれはこういう人間だけど、よろしく」と言っているようなものです。
それでは完全に片手落ちです。そういう加害的で虐待的な思考、人間観や世界観を持っていることを説明するだけでは意味がありません。
いかに表層的な「言動」と、その前提になる考え方(所有意識と特権意識)を変えることができるか。それが再発防止に必要な重要なポイントです。
「もう二度と、大切な人を傷つけるようなことを繰り返さない」と約束するときに大事なのは、安易な言葉だけの謝罪でもなければ、愛を並び立てたロメオメールでもありません。
被害者の方々は加害者からの謝罪が下記の要素を満たしているか注意深く確認してください。それが確認できない場合、結局「言葉や上辺だけの謝罪や反省であり、本質的な人間観・世界観は変わっていない」と考えた方が良いでしょう。
- 自分が与えたさまざまな被害を、具体的なエピソードとともにひとつひとつ認める
- それらを補償するような金銭的、非金銭的なあらゆる取り組みを述べ、実行する
- 上記の被害はすべて加害者の「加害的な考え方」が原因であり、いかなる意味でも被害者に落ち度や「加害されるだけの理由」はないと認める
- 加害的な考え方や言動を再発させない具体的・長期的な取り組みを述べ、実行する
4.2.実践
基本的には「説明責任」と似たものになります。自分の加害のメカニズムを把握し、それを繰り返さないように変容させることが必要になります。
そのためには、加害者向けのプログラムに参加したり、本やセミナーなどに参加して「知識」をきちんと身につけ「外部の支援」を得ることが必要です。
説明責任と重複する部分もありますが、ここでは特に以下の2つを強調したいです。
1.当事者との連携の継続
僕が加害者コミュニティを作っている理由は3つあります。1つは被害者を減らすため、1つは加害者を減らすため、そして最後の1つが「自分の罪と一生向き合い続けるため」です。
A.A(アルコール依存症者の自助団体)でも、依存から脱せた後に「依存症者と関わり続けること」が再発を防ぐとされています。
「自分はもう大丈夫」と思うことが、再発を促すのだと思います。僕も自分の持つ加害者性を一生自覚し続けるために、GADHAを細くとも長く続けていくつもりです。
再発防止の具体的な選択肢として、GADHAのコミュニティイベントに継続的に参加することは意味があります。もちろん、先述したプロフェッショナルサービスの価値は言うまでもありません。
2.トレーニング
そしてもう1つが、自分が加害行為をしてしまったときに、すぐにそれをケースとしたトレーニングセッションに参加することです。
夫婦(カップル)カウンセリングなども類似の機能があると思いますが、GADHAを読んでいるような加害者は、自分の加害者性に焦点を絞って変容支援を受けることが望ましいため、DVを扱っているカウンセラーが良いです。
こちらも、NPO法人女性 ・ 人権支援センター ステップや特定非営利活動法人RRP研究会から情報を得られます。
GADHAでも具体的なケースを対象に行うトレーニングを初回無料で提供していますので、関心のある方はお問い合わせください。
まとめ
以上が、GADHAの考える「責任」です。
- 自分の加害の結果・影響としての被害を「理解」する責任
- その被害を不可能であってもできるかぎり「修復」する責任
- 自分が加害をしてしまうメカニズムを「説明」する責任
- そのメカニズムを修正・介入して「再発防止」する責任
おそらく、ほとんどの加害者は1ができていません。被害を理解できず、否認し、お前がおかしいと攻撃する。
別居や離婚に至っても、まだそう主張を続ける人が少なくありません。「昔の関係に戻りたい」という人がいますが、それは不可能です(※)。
なぜなら、a.昔の関係が苦しかったから別居を望まれたのであるし、b.きちんと責任を引き受けるなら前の自分ではいられるわけがないからです。
※GADHAでは「パートナーとの関係が戻ること」を目標にはしません。それはパートナーの意思が関わる問題であり、自分の努力ではどうしようもない部分もあるからです。
しかし、実際に加害者変容が進み、家族との関係が良くなった方も存在します(離婚しても、関係が良くなる人もいます)。そこでポイントなのはそれはもう「昔の関係」ではないということです。
昔の関係とは「支配の関係」です。昔の関係とは「昔の加害的だった自分と、被害者との関係」です。
でもその時生まれた新しい関係は「尊重しあえる関係」であり「加害者変容を進め、人の弱さを認め相手の弱さも認め、慈しむ人間になろうと努力し続ける自分と、パートナーとの関係」だからです。それは「昔の関係」とは異なる。
だから「昔の関係の戻りたい」という人の願いが叶うことはないのです。僕たちは変わる必要があります。そして変わった先の関係は、昔の関係とは違うものになっています。
しかし、仮に1を理解してもきちんと3や4を含んだ謝罪ができる人はほとんどいません。
単純に知識や機会を得るのが難しいというのが1つの理由です。
もう1つが、自分の加害のメカニズムを知り、その変容を目指すことは大変な困難を伴うからです。
時間的・金銭的・精神的な強い負担を感じ、否認したり相手に責任を押し付けたい欲求は非常に大きいものです。
「自分が悪い」と受け止めることは、とても辛いことだからです。
しかし、加害者が何をしてきたか考えてみましょう。それは、「おれは正しい。お前が悪い。そう感じないお前はおかしい」です。
言うまでもないことですが、被害者が受けた苦しみは、加害者が変容するための苦しみよりもずっと重たいものです。
変容を続けたい加害者は、是非以下より他のステップもご覧ください。
関連記事
終わりに
G.A.D.H.A(Gathering Against Doing Harm Again:ガドハ)は、大切にしたいはずのパートナーや仲間を傷つけたり、苦しめたりしてしまう「悪意のない加害者」が、人との関わりを学習するためのコミュニティサービスです。
オンライン当事者コミュニティ、加害者変容理論の発信、プログラムの提供などを行い、大切な人のために変わりたいと願う「悪意のない加害者」に変容のきっかけを提供し、ケアのある社会の実現を目的としています。