どんな言葉を使うべきか
主催者についてで経緯をお伝えした通り、僕はASDなどの発達障害、AC(アダルトチャイルド)、愛着障害、モラルハラスメント、カサンドラ症候群、パーソナリティ障害といったキーワードを知ることで自分の状況を理解することができました。しかし、このような言葉を安易に用いることの批判は少なくありません。
例えばカサンドラ症候群という言葉について、岡田(2018)は有用な概念であると述べているものの「医学的診断カテゴリーではない」と述べています。同様に、宮尾・滝口(2016)も夫との情緒的交流の不在に悩む妻の状態を的確に示す言葉ではあるものの「診断名ではありません」と明言しています。
正確な定義がないのに、安易に名前をつけることで、カサンドラ症候群のケースだと「ASDに対するネガティブな印象が生じる」といった問題が生じるといった批判もあります。そもそも発達障害という概念も「過剰な医療化」ではないかといった批判は根強く存在しています(木村,2006)。
G.A.D.H.A.はどう考えるか
一方で、このような「名付け」が行われることによるメリットは少なくありません。僕自身もっとも感じているのは、名付けられることによって分散された情報がまとまって、学習しやすくなることです。
ASDといった言葉があるおかげで、自分の状況を説明することが可能になったり、「ASD コミュニケーション」といった調べ方が可能になります。もし概念がなければ「人の気持ちがわからない 妻 喧嘩」といった、より曖昧で情報に辿り着きづらい検索をしなければなりません。
学習を深めていく中で「あれ、パーソナリティ障害って概念は、どう捉えたらいいんだろう?」といった疑問も出てきました。パーソナリティ障害、AC、愛着障害、発達障害、トラウマ、依存症など、さまざまな言葉が自分を説明していて、それらの説明が相互に矛盾することもあります(実際、それらは現在も様々な競合する理論によって日々更新されています)。
一時は公的な分類方法であったのが、時間の経過と共にそうではなくなることもありますから、「定義がちゃんとしている」からといってそれをもってジャッジをすることの問題も同時にあるでしょう。
僕としては「それが問題解決に有効なのか」という考えを重視したいと考えています。つまり、その概念を学び、自分や関係にあてはめることによって、パートナーを傷つけてしまう自分=加害者の変容に繋がるかが大事です。
アクセスできなければどんな情報も機能できません。上記のようなキーワードを用いることが、検索時に有効であるならば、適宜使うことも必要だと考えます。同時に、それについて自分の考えや立場も表明することが必要でしょうから、このページを作成しています。
本サイトではモラハラ・DV加害者と呼ばれるような加害的な言動を繰り返しとってしまう人たちを「悪意のない加害者」と呼んでいます。この名称を用いている詳細は別稿をご確認いただければと思います。
参考文献
木村(2006)「医療科現象としての「発達障害」」『教育社会学研究』79 巻 p. 5-24 https://www.jstage.jst.go.jp/article/eds1951/79/0/79_0_5/_pdf/-char/ja (2021年2月27日確認)